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2014.11.26 レポート

ナニワのオッチャン弁護士に会ってきた

お会いしたのは、大阪弁護士会の弁護士、坂和章平先生。関西では、都市問題に造詣の深い弁護士として、そして映画評論家として活躍されている。
坂和先生と知り合ったのは、五年ほど前の「ナニワのオッチャン弁護士、映画を斬る!」という著作を、ご厚意で送ってくださってからである。私が、淀川長治主宰映画サークルの雑用を仰せつかっており、会の連絡先が私だったためだ。見ず知らずの者に大事な著作をくださるなんて、なんと奇特で太っ腹なオッチャンなんだろう、と感心していた。

ナニワのオッチャン弁護士に会ってきた

東京に比べ、まだまだ暑さが残る10月の初旬、大阪に降り立った。先生の貴重なお時間を頂戴するので、夕刻の仕事終わりの時間を申請したが、一日中オフィスに居るので遅い方が都合が良いとのことだった。
宿泊するホテルを早めに出て、慣れない大阪市営私鉄を乗り継ぎ「南森町駅」に降り立つ。高速道路の高架が掛かる広い幹線道路から1ブロック入ったところに、目指す坂和先生の事務所があった。アメリカ映画に出て来る、敏腕ベテラン弁護士の事務所を想像していたが、綺麗なこじんまりとしたビルだった。1階にテナントが入っているものの、殆どは坂和総合法律事務所が使っている建物だ。
意外なことといえば、多数の弁護士が詰めている活気溢れる事務所を想像しがちだが、事務所に所属している弁護士は坂和章平先生と御子息の宏展先生だけであった。

若い女性アシスタントの出迎えを受け、ミーティングルームに通して頂いた。部屋には勿論、壁一面の棚に弁護士のお仕事に関する書類ファイルや書籍が。そして他の壁面には、中国で先生が映画に関する講演をされた時のポスターがあったり、映画に関する著書(無論、裁判関係著書も混ざっている)が、サイドテーブルに雑然と置かれていた。他の弁護士事務所では、見ることのない光景だ。
映画に登場する壮年の弁護士といえば、「検察側の証人(情婦)」のチャールズ・ノートン、「評決」のポール・ニューマン、はたまた「醜聞」の志村喬を思い浮かべる。実際お目に掛かった坂和章平先生は、職業柄独特の強い眼力があるものの、決して威圧するような雰囲気はなく、まるで晩年のオーソン・ウェルズを髣髴とさせる、相手を包み込むような表情で、まさに太っ腹なオチャン然とされていた。

坂和章平先生は、愛媛県松山市のご出身。地元の進学校である愛光学園から大阪大学法学部に進学され、卒業と同時に司法試験に合格。1974年に弁護士登録。大学在学中は活動家として知られていて、特権を嫌い、口癖のように「弁護士なんて偉くも何ともない」と仰る。実際にお話ししてみると、知識の豊富さは感じさせるものの、押し付けがましくはならない人の良さが前面に出ている。なんとも頼もしいオチャンだ。
弁護士業においては、「大阪モノレール訴訟」「阿倍野再開発訴訟」「津山再開発訴訟」といった全国的に見ても有名な案件を受任されている。都市開発問題においては、単に何でも反対のエセ人情派ではなく、賛成・反対両面の立場を冷静に処理されてきた。これはひとえに、先生の性格と学生時代に培った弁論力、そして幼少期からの反骨心が、基礎を支えている。

坂和先生の映画との出会いは、地元松山に始まる。先生が学ばれた中学・高校は、地元のキリスト教系有名進学校である。「十戒」や「ベン・ハー」のような宗教色の強い作品は、推奨映画として観ても良いが、それ以外の映画は観ることが禁止されていた。小学生の頃からラジオで洋楽に親しみ、外国の文化に触れていた先生は、それでは飽き足らなかったようだ。
勉強を押し付ける学校への反発から、自宅近くの「ロマン座」という洋画3本立ての映画館と日活映画専門の映画館(当時の木戸銭は学割で55円!)によく通った。先生曰く「立派な不良少年」と近所の大人に思われていたらしい。
大阪大学に進学したのも、そうした閉鎖的な地方都市より、大都市の開放感を求めてのことである。
坂和先生は、団塊の世代の1949年生まれ。相当の競争を勝ち抜いて来られたと想像できる。しかし、現在の地位を勝ち誇ることなく、誰彼ともお付き合いされてきているのは、真の勝者の証であり、公平な映画評論にも見て取れる。

ナニワのオッチャン弁護士に会ってきた

チェン・カイコー監督の「北京バイオリン」に出会って以来、特に中国映画に興味をお持ちで、後に神戸国際大学教授になった毛丹青氏と知り合い、現在は中国語検定に合格するほどの語学力を有している。また、2007年10月には北京電影学院で講演も行った。これだけに留まらず、毛教授のいとこで、関西学院大学留学のために来日し、その後日本人と結婚した故ジャン・ソンフィーさんの生涯を描いた「恵恵(フィーフィー)日中の海を越えた愛」の出版と映画化を、共同で作業し尽力されている。

今後の活動としては、中国からの留学生が撮る鑑真和上をテーマとした映画や、日本とミャンマーを描いた自主映画などにも関わっていかれるそうだ。坂和先生の映画に関する活動は、そのご興味と共に広がっていく。詳しくは先生のブログや著作をご覧頂きたい。先生の好奇心が今後どのような活動に繋がっていくのか、映画ファンとしては楽しみだ。

ナニワのオッチャン映画評論家謙弁護士の坂和章平さん。知り合い、お会いできてとても光栄である。帰り道にふと感じた。お会いする前は坂和先生を、「アラバマ物語」でグレゴリー・ペックが演じた弁護士フィンチみたいな人物と、勝手に想像していた。しかし実際は、同じグレゴリー・ペックでも「紳士協定」に出て来るジャーナリストのフィルに近い男だと思った。 いつになく、気分の良い夜になった。 (Writer:山田将治)

坂和章平
1949年愛媛県生まれ。愛光中学・高校卒。大阪大学法学部卒業。学生時代は、活動家として名を馳せる。1971年司法試験合格、司法修習26期。1974年大阪弁護士会弁護士登録。
主な訴訟、「大阪モノレール訴訟」「阿倍野再開発訴訟」「津山再開発訴訟」等。
主な著作、都市計画に関する専門書の他「シネマルーム」シリーズ全34巻「名作映画には「生きるヒント」がいっぱい」「名作映画裁判員制度」「がんばったで!40年」「津山再開発奮闘記」等。
URL: http://www.sakawa-lawoffice.gr.jp
ブログ:http://sakawa.exblog.jp/