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2017.07.10 インタビュー

日本・ラオス初の合作!『ラオス 竜の奇跡』熊沢誓人監督 主演:井上雄太さん インタビュー

国交60周年記念作品として、史上初の日本・ラオス合作映画がついに公開となりました。監督は『天国からのエール』の熊沢誓人監督、主演は新星・井上雄太さん。
オールラオスロケ、作品はほぼ全編ラオス語、そんな初めてづくしの撮影の裏側をお2人に語っていただきました。
 
日本・ラオス合作の企画を初めて聞かれた時は、どんなお気持ちでしたか?

熊沢:プロデューサー・森さんの口説き文句が「史上初」だったんです。以前から国の友好の話をやりたいと思っていて、史上初と言われると何かこう…ムズムズするものがあったのを覚えています(笑)。
ラオスに15年ほど住んでいる森さんが何か恩返しをしたいと思われて、それで始まった企画なんです。
ラオスは映画産業がまだ成り立っていません。全国でシネコンが4つと自国製作映画が年間2~3本。最近若い方たちがアメリカやタイで映画を勉強してきて、自国製作映画を作り始めたところです。現地の人たちと映画を作れるのは刺激的だし、自分の今までの技術と戦わせるにはいい機会だと思ってお受けしました。

井上さんは映画初出演で主演、そして史上初のラオス・日本合作。出演が決まった時のお気持ちは?

井上:お話をいただいた時はちょうど演技のワークショップ中でした。ハムレットの長セリフを覚えられなくて…落ち込んでいた時にマネージャーさんに呼ばれて「怒られるのかな?」と思ったら今回のオファーだったんです。下がっていたテンションが急にグッと上がって!すごく元気になったのを覚えています。

ストーリーはどのような経緯で生まれたのでしょうか?

熊沢:1960年前後にラオスから日本の企業に「電力を作ってほしい」と依頼があって、その話をモチーフにできないかプロデューサーから提案がありました。色々調べると、ダムを作るために調査に入った日本人がいたんです。実際にその方たちのお話を聞いて、色んなご苦労やエピソードがあったので、それをストーリーにできると思いました。

初めて脚本を読んだ時は、どのように感じられましたか?

井上:川井と僕に何か通じるものがあって声を掛けていただいたと思ったので、やっぱり気持ちが通じる部分もあり、すらすら読めたのを覚えています。
ただ脚本の「ここから以下全部ラオス語」を見て「あー」ってなりました(笑)。結構最初の方からです。

スタッフ・キャスト共に、日本とラオス双方から色々な人材が参加されていますね。コミュニケーションを取る上でのご苦労や工夫はありましたか?

熊沢:基本的に撮影は通訳さんを通して指示しますが、1〜2人しかいないので取り合いなんです。ラオス語の喋れる森さんが「監督の横には必ず通訳か僕がいます」という話だったんですけど、まぁ…いないですね(笑)。
始めはラオス語を覚えなきゃと思うこともありましたが、日本語で気持ちを伝えた方が早いと思って、後半は日本語で喋っていました。「日本語になってます」と言われながらも…ただ変に外国語でコミュニケーションするより気持ちが伝わるかな?と。

『ラオス 竜の奇跡』熊沢誓人監督 主演:井上雄太さん インタビュー

井上:役者さんたちはラオス人で、スタッフにはラオス人やフランス人、タイ人がいました。僕は芝居ではラオス語なので、特に役者さんとはラオス語でのコミュニケーションを意識していました。「よーい、スタート」が掛かって急に言語を切り替える技術もないし、普段からそうすることで一緒に生活していることが画面から出ますし。
 
熊沢:言葉以外だと、ラオスはアメリカで映画の勉強をした方が多くてハリウッドスタイルに近いんです。例えば、メインスタッフ以外は台本を読まない。日本のやり方は、みんな台本を読むので今何を撮っているか知っている。
こういうシーンを撮りたいとか、何を望んでいるか意思疎通から始めなきゃいけない。日々本番をやりながら話すのは新鮮で、それが面白いと言えば面白いし、台本を読んでくれればもっとプラスになるという話もいっぱいしました。

今回はラオス初の日本式だったんですね。

熊沢:そうですね。例えば録音は、ラオスだと全編アフレコです。日本は同時録音が中心。撮るために車や人を止めなきゃいけないことも、新しい刺激になったのかな?と思います。色んな方式のごった煮で撮った映画です。

井上さんは1960年代の日本の青年を演じられましたが、役作りについてはいかがでしたか?
 
井上:1960年代にラオスや他の国の建設に関わった会社の方とお会いする機会をいただきました。今はご年配の方々ですが、すごく熱いんです。楽しそうに当時の話をされて、現地で銃を突きつけられたことも面白い話として…!びっくりしました。
きっと川井も「ラオスですごい仕事をするんだ!」ってワクワクしていたと思います。だから難しく考えず、自分が初めてラオスで映画を撮ることに対するワクワクや、向こうで感じた「ここ好きだな」という気持ちを役にリンクさせることで、僕は映画の中で川井になれるんじゃないかと考えました。
言葉に関しては、現地入り2ヶ月前からラオス語の先生に「まずはセリフを音として覚えましょう」と言われてスタート。撮影1ヶ月前にラオスに入って生活しながら、音で覚えた言葉を生きた言葉にしていきました。その時に一週間、ラオス語しか使えない人たちが住む場所に行く機会をもらって、寝食をともに生活しました。撮影に入る頃には、ラオス語でのコミュニケーションが最低限できるようになってましたね。
ただお芝居となると言葉だけの問題じゃないので、気持ちが入った演技の後に「今のところちょっと発音が…」って通訳さんに言われると、すごくもどかしい。そういうことはいっぱいありました。

監督からの演技指導はいかがでしたか?
 
井上:撮影前から芝居に入る環境にすごく気を遣ってくれました。現地に入ったらすぐご飯に連れて行ってくれて、現地を案内してくれたり、
僕の「こうしてみたい」という提案を現場で聞いてくれるんです。みんなで作ることを前提に聞いてくださるので、自分で考える芝居をしやすくて、今思うと自由にやらせてもらっていたなぁと。色んな現場を知っていくと、更にそう思います。
 
撮影の間、印象に残った出来事はありますか?
 
熊沢:日本とラオスで映画作りのスタイルが違うことで、毎日がパニックなんです。同時録音で「なぜ人を止めなきゃいけないのか、後で何とかならないのか」とか、準備の仕方も含めて差異がありました。それを一つ一つ埋めてチームになっていく感じは面白かった。
この物語は、1960年の日本人とラオス人と2015年のラオス人という、3つの価値観の人たちが集まった時に何を選択するか?を映画にしているんです。まさに僕らスタッフも同じで、国の違う人たちが一つの目標に向かい何を選択していくかが、映画の内容と似ていて刺激的でしたね。
 
村に住む少年・ディンが可愛かったですね。
 
井上:そう、可愛いんです。実際に2人の距離がすごく離れてると、たぶん絵にも出ちゃうと思ってコミュニケーションを取りました。本当に仲良くなれたから良かったです!
 
熊沢:井上くんは子供に人気がありました。
学校シーンの子供たちはビエンチャンから来てもらったんですが、1度その町の図書館に行きました。井上くんが「言葉がわからないから教えて」と言うと、子供がワーッと周りに集まって。
 
井上:新鮮で面白かったんでしょうね。
 
熊沢:俺の周りにはいなくて、歯をギリギリしながら見てました…嘘ですけど(笑)。

(C)ジャパン・ラオス・クリエイティヴ・パートナーズ
(C)ジャパン・ラオス・クリエイティヴ・パートナーズ

映画の中の印象的なシーンについてお聞かせください。
 
井上:みんなで糸を紡ぐお祭り・バーシーです。たくさんの人が集まる儀式は、川井がみんなにやっと受け入れてもらえるシーンでもあるので、思い入れは強いですね。あの儀式は実際にやりました。
個人的には村人たちを説得するシーン。長セリフを一気に喋ったところは、僕の頑張りを見てほしいなぁと(笑)。
夕暮れ時のシーンは何回も撮ると景色が変わっちゃうから「一発撮りで一気に回していくから」って言われてカットなしで撮ったんです。その緊張感たるや…!すごく刺激的で集中できました。
 
熊沢:本編はもちろん見所ですけど、エンドロールとその後にもストーリーがあって、そこで全部完結します。ぜひ全て終わるまで見ていただきたいです。
 
ラオスの自然は圧倒的で、もう1人主役がいるとしたら「川」かな?と思いました。自然を撮る時にどんなことを意識されていましたか?
 
熊沢:その瞬間の雰囲気とリズムを撮ろうと思っていました。
ラオスは海がなく、川が生活のすべてなんです。水やそこにいる生き物・食べ物は川次第。雨季に川が深くなれば向こう側に渡れなくなるし、浅くなれば橋を作る。すべてのリズムが川次第で、撮影もロケの時とは刻一刻と状況が変わるんです。
今はデジタル技術で色を変えたりできますが、それは一切せず、あるがままを撮った方がラオスを表現できるんじゃないかと思っていました。

実際ラオスで生活されて日本との、特にマインド面での共通点はありましたか?
また映画に出てきた村のような所は今もラオスに点在しているんでしょうか?

 
熊沢:村は至るところにあります。ただ電力が来ていて人工的なものは入りつつあります。夜は7〜8時を過ぎると真っ暗、すごい星空が出ますね。
都市部はまさに近代化の途中。街並みを見ると電車がなくバイクと車が移動手段で、少し昔の日本に見える気がします。
でも僕がラオスに懐かしさを感じたのは、その風景ではないんです。ラオス人はすごく優しいのにベッタリしいない。ただ必ず誰かが誰かを見守ってる感じがある。何かあれば「大丈夫か?」とか、お腹が空いてそうなら「何か食べる?」と言ってくれるけど「恩を返せ」みたいなことは一切ない。見守る視線が、例えば母親や家族に見守られる感覚と似ていると思いましたね。
 
儀式のシーンも、なぜか懐かしさを感じました。
 
熊沢:そうですね。例えば東京の十字路で、車が止まって「どうぞ」って渡らせてくれますよね。僕は運転手さんに優しさを返すことはできないけど、気持ちよくなって誰かに優しくしようと思う。同じような優しさを誰かに返すことができる…そういう連鎖が町全体にある感じがしました。その雰囲気が映画に入ってればいいなと。
 
井上:僕自身も確かにラオスに懐かしさは感じていました。
上京する前は大阪に住んでいたのですが、住んでいる人たちは家族同士で仲が良かったんです。ラオスにいる時も、毎朝売店で同じものを買っていたら、店員さんが僕のことを覚えてくれて、買いに行くと普通に挨拶したり喋るようになりました。東京に引っ越してそういうことも少なくなっていたので、懐かしさを感じたんだと思います。
ラオスの人は確かにベタベタしてこないけど、みんな気にかけてくれる。
 
熊沢:街並みやファッションなどは当然日本と違うし、建物の感じも全然違う。ただ感覚的なことを含めて、どこか懐かしく感じるんだと思います。

『ラオス 竜の奇跡』熊沢誓人監督 主演:井上雄太さん インタビュー

最後にメッセージをお願いします。
 
熊沢:ラオスには「ボーペンニャン」という言葉があります。「大丈夫、問題ない」の意味で、何かあるとその言葉を掛け合いながら、ラオスは「人と人はお互い様」ということを認識させてくれるんですね。
この映画も「人はお互い様だから許し合おう」をテーマにしています。ぜひラオスの風景と、のんびりした人々を見て、そういう心を思い出していただけたら嬉しいです。
 
井上:僕はこの作品から、国を超えた温かさを感じていただけたらなと思います。
「ラオスで仕事を成し遂げんるだ!」という気持ちの川井が成長するきっかけになったのは、現地の家族の優しさや、少女・ノイの言葉、そして人の温かさだと思っています。
温かさを感じるために、人に優しくしたいと思ったり、海外に行ってみたいと思ったり、少しでも明日が変わるきっかけになれば嬉しいです。

いつかラオスに行って、人の温かさの連鎖を感じてみたいです。
今日は濃いお話をありがとうございました!

 
東京・有楽町スバル座にて公開中 全国ロードショー
作品の詳細情報は公式サイトをご覧ください
http://www.saynamlai.movie/

Profile
井上雄太(いのうえゆうた)
1988年大阪生まれ。2015年よりテレビ、CMで活躍。本作は映画初出演にして映画初主演。現在、CMドコモdヒッツ「急な雨編」「バスが来ない編」O.A.中!
熊沢誓人(くまざわまこと)
1970年神奈川県生まれ。市川昆監督、金子修介監督、犬童一心監督などの作品の助監督を務める。2011年『天国からのエール』(阿部寛主演)で劇場映画デビュー。現在、日本映画大学准教授。
 
【作品情報】
ラオス 竜の奇跡
■あらすじ
1960年(昭和35)、オリンピック開催を間近に控えた日本。
終戦から15年が経ち、誰もが上を向いていた時代、
人々は開発の熱気に満ち溢れていた。
そんな日本を飛び出し、ダム建設調査の為、ラオスに渡った日本人がいた。
将来の成功を夢見た青年の名は「川井」。
しかし、川井は調査中の事故で消息を絶つ。
当時、内戦中だったラオスの首都ビエンチャンでは戦闘が勃発。
政府による川井の捜索も打ち切られてしまう。
 
2015年、急激な都市開発が進むラオス。
家族とのすれ違いで故郷を飛び出したラオス人女性「ノイ」は、
慣れない都会暮らしに埋もれていた。
そんなある日、友人からのナムグム湖観光の誘いをきっかけに、
1960年のラオスへと迷い込んでしまう。
ゆるやかな川のほとりで二人は出会い、
辺鄙な農村で、暖気な村人たちとの共同生活が始まった。

 
主演 井上雄太(日本) ティダー・シティサイ(ラオス)
監督・脚本 熊沢 誓人
脚本:守口 悠介 音楽:栗コーダーカルテット プロデューサー:森 卓 監督補:大原 盛雄 撮影:金子 正人 録音:志満 順一 美術:Surawat CHUPOL(タイ) 編集:小堀 由起子 衣装:富田 紘子 助監督:Anysay KEOLA(ラオス) 制作:Athidxay BOUANDAOHEUANG(ラオス) 装飾:Xaysamone CHUNTHADUANG(ラオス) 照明:Florent DUROC(仏) ヘアメイク:Phonenapha OUDOMSOUK(ラオス)
製作:ジャパン−ラオス・クリエイティブ・パートナーズ(日本) 共同制作:Lao New Wave Cinema Production(ラオス) (2016年/112分/シネスコ/カラー/5.1ch)